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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10242号 判決 1968年2月10日

東京都北区豊島三丁目二七番五号 佐渡寿々志方

原告 螺良春吉

右訴訟代理人弁護士 鳥生忠佑

同 雁谷勝雄

右訴訟復代理人弁護士 小野寺利孝

同都千代田区丸の内三丁目一番地

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人事務吏員 安田成豊

同 野引譲

同 南明

右当事者間の国家賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し二二万五〇七五円およびこれに対する昭和四〇年一〇月五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し、三七万八六七五円およびこれに対する昭和四〇年一〇月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

(請求原因)

一、原告に対する警察官の暴行

(一) 昭和四〇年一〇月五日午後一〇時ごろ、原告が都内品川区中延二丁目一五番九号所在の警視庁荏原警察署荏原中延巡査派出所(以下派出所と略称する。)付近の公衆電話から自宅に電話していた最中に突然気分が悪くなったのでその場にうずくまっていたところ、右派出所勤務の吉賀正幸巡査(以下吉賀巡査という。)が何の理由も告げることなく原告および原告と同行していた訴外小林勝を右派出所に連行した。

(二) 派出所において、高萩秀幹巡査は(以下高萩巡査という。)は原告に対し、一方的に「この野郎何したんだ」「この野郎常習犯だな」等の言辞を弄した上、原告の通勤定期券の提出を強要し、さらに同巡査は無抵抗の原告を派出所の奥の休憩所に押しこみ、原告のうしろ首すじを手拳で数回強く殴打し、このため原告が壁にもたれて倒れかかったところさらに腹部、背中、足等を数回強く足蹴りした。

(三) つづいて吉賀巡査は、原告を無理矢理パトロールカーに押しこんで荏原警察署(以下荏原署という。)に連行し、同署内において他の警察官数名とともに原告の頭部を殴打し、同巡査はさらに原告を同署玄関脇の作りつけの外来用腰かけめがけて投げとばした。このため原告は、右腰かけの角で背中を強く強打して土間にころげ落ちた。

そして、吉賀巡査ら数名の警察官は、原告に対し「謝まって帰れ」などとどなり、原告を同署から追い出した。

(四) 原告は、このように全く理由がないのに警察官から暴行をうけたことに憤慨し、これに抗議するため荏原署を出た後その足で派出所に赴いたところ、同派出所勤務の佐藤征男巡査(以下佐藤巡査という。)は、「お前はうそつきだ」「この野郎くやしかったら訴えてみろ」などと暴言をはきながら、原告を派出所の休憩所に押しこみ、原告の左腕をとり腹部を数回強く足蹴りした。このため原告が壁にもたれかかって倒れたところ、同巡査はさらに原告の足、背中、腰部等を無数に強く足蹴りした。

そしてさらに原告をパトロールカーで再び荏原署に連行し、恐怖におびえる原告をして無理矢理謝まらせた上、タクシーに押しこんで追い帰した。

二、原告の蒙むった損害

以上の度重なる警察官の暴行によって、原告は一三日間の加療を要する頸部、背部、腹部打撲症の重傷を負った。しかして、右の傷害を負わされたことにより原告の蒙むった物質的、精神的損害は左記のとおりである。

(一) 休業による得べかりし利益の喪失 二万七〇〇〇円

原告は東洋バーナー株式会社に勤務し、日給一八〇〇円を得ていたが、前記傷害による激しい腹痛等のため昭和四〇年一〇月六日から同月二〇日までの一五日間、就労不能となり、右期間就労しておれば得ることのできた合計二万七〇〇〇円の収入を得られなかった。

(二) 治療費 一、六七五円

右傷害治療のため、原告は都内北区豊島三丁目二番地労働者クラブ生活協同組合付属病院に通院加療したが、これに要した治療費は合計一、六七五円である。

(三) 弁護士費用 五万円

原告は、本訴請求手続をするについて当事者表示欄掲記の原告訴訟代理人に訴訟代理を委任し、昭和四〇年一一月一一日着手金として五万円を支払った。

(四) 慰謝料 三〇万円

原告は前記警察官から何ら理由もないのに前記のような度重なる一方的な暴行を受け、肉体的のみならず精神的にも多大の打撃を受けた。その精神的損害はこれを金銭的に評価すれば少なくとも五〇万円を下らないが、原告は本訴において三〇万円を請求する。

三、被告の責任

原告に対して前記傷害を与えた警察官は、いずれも被告の公権力の行使にあたる公務員であり、その職務を行うについて故意に前記暴行に及んだものであるから、被告は国家賠償法一条の規定に基き、原告に対しその蒙むった前記損害を賠償する義務がある。

四、よって原告は被告に対し、損害額合計三七万八六七五円およびこれに対する前記警察官による不法行為の行われた日である昭和四〇年一〇月五日から支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因事実に対する答弁)

一、請求原因第一項(一)の事実のうち、昭和四〇年一〇月五日午後一〇時ごろ吉賀巡査が原告および訴外小林勝の両名を派出所に同行したことは認めるが、その際同行の理由を告げなかったことは否認する。その余の事実は不知。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実のうち、原告が派出所から荏原署までパトロールカーに乗車したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(四)の事実のうち、原告が再度派出所に赴いたことおよび派出所から荏原署までパトロールカーに乗車したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、請求原因第二項の事実のうち、原告がその主張のような傷害を負ったことは否認する。同項のその余の事実は不知。

三、請求原因第三項の事実のうち、原告主張の警察官らが被告の公権力の行使にあたる公務員であることは認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因第四項は争う。

四、原告主張の警察官らは原告を泥酔者ないし酩酊者として保護したものであり、その際原告に対し原告の主張するような暴行を加えた事実はない。原告を保護した際の状況は次のとおりである。

(一) 昭和四〇年一〇月五日午後一〇時一〇分ごろ、派出所で勤務中の吉賀巡査が訴外五島みね子から「酔っぱらいがいたずらして困るからすぐ来て下さい」との急訴を受け、派出所から約一〇メートル離れた現場に急行したところ、原告および訴外小林の両名が訴外五島の雇主である訴外野村栄一郎になにごとかからんでおり、原告は右手で訴外野村の肩を叩いていた。そこで、吉賀巡査は原告と訴外野村の間に割って入り事情を聴取しようとしたが、両者の言い分がくいちがって要領を得ないので、両者に対し派出所で事情を聞きたい旨告げて同行を求めたところ、右両者および訴外小林がこれに応じたので同行した。その際原告は酔いのため身体をフラフラさせていたので、吉賀巡査は原告の左腕をかかえて身体を支えながら同行した。

(二) 派出所において、高萩巡査が訴外野村および同五島から事情を聴取したところ、訴外野村は、同人方店舗横の路地入口に設けてある赤電話付近に原告がしゃがみこんで路地入口を塞いでおり、このため自転車を入れることも店仕舞いすることもできないので、原告に対し「邪魔になるから脇にどいて下さい」と頼んだが、原告は返事もせずまたどこうともしなかったので、諦めて店に入ろうとしたところ、原告が追いかけてきてからみ、訴外小林も「ひとの苦しんでいるのが分っていながらクドクド文句をつけるな」と喰ってかかってきた旨申述べ、また訴外五島は、店仕舞いのため他の女店員訴外市川と一緒に牛乳箱を持って路地を通ろうとしたところ、赤電話をかけていた原告が、空いている手で通り抜けようとした訴外市川および同五島の臀部をなでた旨申述べた。

(三) 他方原告は派出所において、高萩巡査に対し「おまわり、俺が何をしたと言うんだ」とわめきながら同巡査の肩を強く叩き、同巡査になだめられて椅子に腰をおろしたが、訴外野村の右陳述を聞くと不意に立ちあがり、手を振り上げて何事かをわめきながら同訴外人に向って突進し、同巡査がこれを阻止し両肩を押えて椅子に腰をかけさせると、「おまわりに何がわかるんだ」とわめきながら同巡査の脇腹を殴打するなどして暴れ、さらに同巡査が訴外五島が申述した前記事実について原告に問いただし、住所氏名等を聞いたが、「俺は何もやっていない」とわめくだけで要領を得なかった。そこで同巡査は、原告の右のような言動からして原告は泥酔しており、派出所で保護するよりも荏原署において保護するほうがより適切であると判断し、パトロールカーの派遣を要請し、出動したパトロールカー乗務員に原告および訴外小林を引き渡した。

(四) 荏原署においては、福崎秀三巡査が原告らを同署内玄関脇の外来者用腰かけ(作りつけの椅子)に腰をかけさせて事情を聴取したが、原告は、「大東亜戦争云々」とか「俺は女の尻などさわった覚えがない」と大声で怒鳴り、フラフラ立ちあがったりすわったりした。そしていたずらについては「腹が痛かったので狭い路地にしゃがみこんでいたとき女が通って手が触れたのだろう」という趣旨のことをクドクド申し立て、住所を質問されると定期券を同署内事務室のカウンターに叩きつけるようにして示した。

(五) そのうち、訴外小林が福崎巡査に対して原告を連れて帰る旨申出たので、同巡査は同訴外人を引取人として原告の保護を解除し、原告は訴外小林とともに同日午後一一時ごろ同署を退出した。ところがそれから数分後に原告は訴外小林とともに再び同署にあらわれ、「警察は泥棒だ。定期券を返してくれない。」と怒鳴り、福崎巡査から「よく探してみろ」と言われると、いきなり背広上衣を脱いでカウンター上に叩きつけたりしたが、定期券が原告のシャツの胸ポケットに在中していることがわかるとほどなく退出した。

(六) ところが原告は、同日午後一一時一五分ごろ大声で「おまわり、話がある」と言いながら再び派出所にあらわれ、派出所前路上で吉賀巡査にからみ始めた。佐藤巡査は、原告の右言動からして保護の必要があると判断し、原告を派出所内に招じ入れ、原告の両肩に手を置いて椅子に腰をかけさせたが原告は身体をフラフラさせていてまともに腰をかけることができず、椅子から落ちてその場に尻餠をつく有様であった。そこで佐藤巡査は原告をして派出所の奥の休憩所のあがりかまちに腰をおろさせた上、原告の家族に電話で三回連絡を試みたが、電話が通じず、その上原告が「俺の定期がなくなった」などと大声で騒ぐので、やむなく荏原署に同行すべく再びパトロールカーの出動を要請し、出動したパトロールカー乗務員に原告を引渡した。

(七) 荏原署では福崎巡査が同署玄関口まで出て原告に応待し、「何で交番に行ったんだ」と尋ねると、原告が「さっき交番に謝まりに行けと言ったから行ったんだ」と答えたので、同巡査は「そんなことは言っていない。五反田駅と荏原中延駅を教えたではないか。国電のあるうちに帰れよ。」とさとしたところ、原告は五反田駅までの道のりを尋ね、「背広を置いていくからタクシー代を貸してくれ」などと言っていたが二、三分後には退出した。

五、以上の次第であって、原告の保護にあたった警察官らが原告に対して原告主張のような暴行を加えた事実はなく、したがって原告の本訴請求は理由がない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を総合して認定できる事実に当事者間に争いのない事実をあわせると、次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和四〇年一〇月五日夕刻から、その勤務先である東洋バーナー株式会社の同僚訴外小林勝とともに品川区中延付近の食堂、喫茶店等で飲酒した後、同日一〇時ごろ同区中延二丁目一五番八号野村商店横の公衆電話(いわゆる赤電話)を利用して自宅に電話をかけた。右の赤電話は、野村商店の店舗の南側にある幅一・四メートルの狭い通路の片側に置かれた幅約三〇センチメートルの台上に設置されているもので、原告がこれを利用して通話中、小林は通路の反対側の塀に寄りかかって電話のすむのを待っていた。そこへ野村商店の店員である訴外五島みね子が、他の女店員訴外市川とみえとともに店じまいのため牛乳ビンの入った箱を持ち、これを右通路奥の置き場に片づけるため右通路を通りかかり、原告と小林との間を通り抜けようとしたところ、原告が酩酊の上のいたずら心から、手で通りすぎる五島および市川の臀部にさわったので五島らはこれに抗議したが、原告らの酩酊した態度をみて気味悪くなり店内に入った。そして通路奥に格納してあった店舗表戸のシャッターの支柱を取りに行くことができず、店じまいができないまま主人野村栄一郎の帰りを待っていた。そのうち原告は急に気分が悪くなり電話を小林に代わってもらって通路入口付近にうずくまった。そこへ野村商店の主人訴外野村栄一郎が自転車で外出先から帰宅し、右自転車を通路奥の自転車置き場に入れようとして通路に入ろうとしたが、入口付近にしゃがみこんでいる原告がじゃまになるので、通路を開けるように二、三度声をかけた。原告は、「今気分が悪いから少し待って下さい」と答えたが、野村にはこれが聞き取れず、野村は、五島から原告のいたずらについて報告を受けていたこともあって、原告がことさらに通路をふさいで自転車を入れるのを妨害しているものと思い、しゃがんでいる原告の肩をつかんでゆすぶり、立ち上がるように促した。原告は先程から気分が悪く、野村にもその旨を告げて寸刻の猶予を求めているにもかかわらず、野村がこれを顧みないでなおもこのような態度に出るのに立腹し、やにわに立ち上がって、「気分が悪いからと言っているのにわからないのか」と強い調子で野村に抗議した。これを見た小林があわてて原告と野村の中に入り両者をわける一方原告に加勢する形で、野村に詰め寄ったため野村と口論になった。この様子を見た五島が十数メートル離れたところにある派出所にかけつけてこの旨を急訴したので、同派出所勤務の吉賀巡査が現場に赴き、口論中の野村と小林をわけて事情を聞いたところ、野村が、原告の五島らに対するいたずらの事実および原告がことさらに自転車をしまうのを妨げた旨を同巡査に告げた。そこで同巡査は当時、警察官になってまだ約半年になったばかりであったため、処理を他の警察官にまかせようとして、派出所まで同行するよう原告らに求めたところ、小林および原告は最初同行する必要はないとしてこれをこばんだが、結局同巡査の説得に応じて任意に派出所まで同行した。

(二)  派出所に入ると、同派出所奥の休憩室で休息仮眠中であった高萩巡査が起き出て、「何をしたんだ」と大声で聞き、吉賀巡査から簡単な報告を受けると原告らの弁解も聞かずに「貴様たち常習犯だな」と大声できめつけた。そのとき、たまたま小林は尿意を催したので、その旨を高萩巡査に告げて派出所裏にある便所に行った。その間原告は、高萩巡査から右のように一方的かつ高飛車にきめつけられたのに強く反撥して、「何をしたというのか」と同巡査に詰め寄った。同巡査が野村および五島から事情を聴取すると、同人らは、原告が五島らの臀部をさわったことおよび野村が自転車をしまおうとするのを原告がことさらに通路にしゃがみこんでこれを妨害したことをこもごも訴えた。これに対して、原告は前記のように野村の通行を故意に妨害したのではなく、気分が悪くてうずくまっていたのが結果的に通行を妨げることになったにすぎなかったので、野村の通行を妨害したことはないと強く否定するとともに、五島らの臀部をさわった事実をも否定したので、野村らおよびこれを支持する高萩巡査と口論となった。この間小林は便所から帰り、吉賀巡査につきそわれて派出所奥の休憩室に入り、そこで同巡査から事情を聴取された。その間原告と高萩巡査との間には口論が続けられ、また同巡査が原告の住所氏名を明らかにするように求めたが、原告が同巡査の態度に強く反撥してこれを拒ばんだため、同巡査は荏原署にパトロールカーの出動を電話で要請し、数分後に到着した同署のパトロールカーの乗務員に原告を引渡した。こうして原告および小林はパトロールカーに乗せられて荏原署に向かい、吉賀巡査もまた別途自転車で同署に向かった。

(三)  原告らがほぼ同時に到着した吉賀巡査とともに荏原署に入ると、高萩巡査から電話連絡を受けていた当直の福崎秀三巡査が玄関付近に出迎え、「お前ら何をしたんだ」とどなりつけた上、吉賀巡査とともに原告を同署の事務室といわゆる公衆溜りとを隔てるカウンターの前に立たせて住所氏名などを問いただした。これに対して原告は、かなり酩酊していた上派出所に連行されて前記のような取扱いを受け、さらにまたパトロールカーに乗せられて荏原署に連行されたことにいたく憤慨していたので、身分証明書の入った定期券入れを取り出してカウンターの上に叩きつけるようにして置き、住所氏名を知りたければ身分証明書を見ればよいとの態度を示した。するとカウンター内にいて原告と対面していた二、三名の警察官(氏名不詳)が原告のこのような態度を見とがめて、いきなり手をのばして原告の頭部を小突こうとした。一方小林は荏原署に入ると、パトロールカーの乗務員につきそわれて玄関脇に作りつけられてある外来用腰かけに腰をおろし、質問を受けていたが、原告が警察官から小突かれようとするのを見て飛び出して行き、小突こうとした警察官の手を払いのけた。すると原告の脇にいた福崎巡査がやにわに手拳で原告の頭部を一回殴打し、小林が「お巡りさんが暴力をふるってもいいんですか」と強く抗議すると同巡査は暴行をやめたが、今度はやはり原告の横に連れ添っていた吉賀巡査が原告の両肩を持って原告を強く突き飛ばした。このため原告は前記外来用腰かけに腰部付近をぶつけた上、土間にころげ落ちた。原告はすぐ付近にいたパトロールカー乗務員によって助け起こされて外来用腰かけに腰をおろし、他方小林は吉賀巡査に「警察官がそういうことをしてもいいんですか」と強く抗議した。その後間もなく、福崎巡査が原告および小林の両名に「もう用はないから帰れ」と退去するよう告げたので、小林が原告を促がして一旦同署玄関を出たが、原告が先程警察官に提示した定期券入れを返却してもらっていないのに気づいたので、再び署内に入り、小林が、定期券入れを返してほしい旨福崎巡査に言ったところ、同巡査は「警察を泥棒呼ばわりする気か」と答えた。そこで原告が背広をカウンターの上に置いて、原告が定期券入れを返却してもらっていないことを確かめるよう求めたところ、数名の警察官が背広をあらためていたが、そのうちどこからか定期券入れが発見されて原告に返却され、原告と小林は同署を退去した。

(四)  荏原署を出た原告および小林は、同日午後一一時ごろ徒歩で荏原中延派出所前に至り、そこで小林は、同派出所前にある池上線荏原中延駅から五反田を経て帰宅するはずの原告と別れて勤務先の東洋バーナーに帰ろうとしたが、原告が「何故警察官から前記のような暴行を受けなければならないのか、その理由を派出所に聞きに行く」と主張して帰宅するのを肯んじなかったので困惑し、極力そのまま帰宅するように勧めたが、原告がどうしても派出所へ行くと主張してやまず、時間的にも遅くなって翌日の勤務に差しつかえるのを恐れ、原告と別れた。小林と別れた原告は派出所に赴き、勤務中の前記吉賀巡査および当日同派出所から警察機動隊勤務に派遣され帰任したばかりの佐藤征男巡査の両名に対し、「何故前記のような暴行を受けねばならないのか、暴行を受けなければならない程の悪いことをしたのか」と詰問した。これに対して佐藤巡査が原告を派出所内に招じ入れ、見張所内の椅子に腰をかけさせたが、両巡査とも原告の右のような抗議を取りあわず、むしろ原告のこのような言動を小馬鹿にするような態度をとり続けた。そのうち、佐藤巡査が原告の自宅の電話番号を聞いたのに対し、原告は当時の寄宿先の電話番号をおしえたが、その番号が寄宿先のものであることを明らかにしなかったため、吉賀巡査が電話をかけたが先方からかけ間違いであるとして切られ、さらに一、二度ダイヤルを廻したが深夜であったこともあって先方が電話に出なかった。そこで佐藤巡査が原告に対し、「お前は嘘ばかり言っている」と言い、これに対して原告が「自分は大東亜戦争にも行ったことがあるし、今だかつて嘘など言ったことがない」と答えたことから口論となり、佐藤巡査は、「お前みたいな奴が兵隊に行くから日本は戦争に負けたんだ」と言いながら、原告の左腕をとって派出所奥の休憩室に連れ込み、休憩室内の通路(土間)で原告の腹部、背部、足等を無数に蹴りつけ、原告の抗議に対しても、「この野郎、お前らに出るところに出ることができるか。くやしかったらどこへでも出てみろ」などと答え、なおも原告を足蹴にし、原告がこらえ切れずにその場に倒れると、倒れた原告に対しさらに無数に蹴る、踏みつける等の暴行を加えた。それと前後して高萩巡査が荏原署に電話し、原告の処置について問い合わせたところ、パトロールカーを派遣するから連行するようにとの回答を得た。そして、派遣されたパトロールカーに再び原告を乗せて荏原署に連行した。しかし、荏原署では前記福崎巡査が「何故派出所へ行ったのか」等の質問をしたのみで、わずか数分間で原告を退去させた。

(五)  しかして原告は、福崎、吉賀、佐藤各巡査の右のような暴行により一五日間の通院加療を要した頸部、背部、腹部打撲傷を負った。

≪証拠判断省略≫

原告は最初派出所に連行された際、同派出所内において高萩巡査および吉賀巡査から暴行を受けたと主張するが、右主張に符号する原告本人尋問の結果は、≪証拠省略≫に照らしてにわかに措信し難い。また原告は、高萩、吉賀両巡査の右の暴行によって原告が当時着用していた背広が破損したと主張してその背広を撮影した甲第一〇号証の一ないし五を提出しているが、右主張に符号する原告本人尋問の結果は前記採用の各証拠に照して措信できず、他に右破損が前記認定の本件暴行によって生じたものであると認めるに足りる証拠もない。

二、しかして原告の受けた右傷害は、被告の公権力の行使にあたる警察官である福崎巡査、吉賀巡査および佐藤巡査がその職務を行うについて原告に対してした前記各暴行行為によって生じたものであることが明らかであるから、被告はこれによって原告の蒙った損害を賠償する義務がある。

ちなみに被告は、原告を派出所および荏原署に連行したのは原告を泥酔者ないし酩酊者として保護し、その保護措置をとるためであった旨主張し、高萩、吉賀、福崎、佐藤各巡査も証人としてその旨供述する。しかしながら、仮に右主張が真実であり、右警察官らが原告を派出所および荏原署に連行したことが違法でなく正当であったとしても、福崎、吉賀、佐藤各巡査が原告に加えた前記暴行行為までもが正当化される理由はなく、したがって、被告が損害賠償責任を免れるものでもないばかりでなく、なるほど原告は本件当時相当に酩酊していたことは認められるが、「でい酔」(警察官職務執行法第三条)していたとか、原告自身の言動、周囲の状況等からして「本人のため、応急の救護を要する」(「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」第三条)状態であったとはとうてい認めることができない。したがって前記警察官らが原告を派出所および荏原署に連行したこと自体違法であったというほかはなく、当裁判所は、右の各法条がこのようにルーズに運用され、その結果国民の身体が警察機関によって安易に拘束される実情を遺憾とするものである。

四  原告の蒙むった損害

(一)  治療費 一、六七五円

≪証拠省略≫によると、原告は前記傷害の治療のため昭和四〇年一〇月六日から同年同月二〇日までの間労働者クラブ生活協同組合附属病院に通院し、合計一、六七五円の治療費を同病院に支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  休業によって喪失した得べかりし利益 二万三四〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告は本件当時東洋バーナー株式会社に製鑵工として勤務し、日給一、八〇〇円を得ていたこと、前記受傷およびその治療のため昭和四〇年一〇月六日から同年同月二〇日までの一五日間就労できなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、右期間中同月一〇日および一七日が日曜日であったことは暦法上明らかであり、原告が一般の休日にも勤務していたことを認めるに足りる証拠はないから、原告は右の二日は前記受傷の事実がなくても就労しなかったと考えるほかなく、したがって原告は、右の二日を除いた一三日間就労しておれば得られたであろう給料額二万三四〇〇円を前記受傷によって喪失したことになる。

(三)  弁護士費用 五万円

≪証拠省略≫によれば、原告は本訴請求手続をするにつき弁護士鳥生忠佑および同雁谷勝雄に訴訟代理を委任し、昭和四〇年一一月一一日着手金として五万円を支払ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、本件発生直後原告の妻が、原告の受けた前記暴行について警視庁王子警察署を通じて厳重に抗議したところ、同月七日荏原警察署の池村某から、原告が本件当日荏原署からの帰途五反田駅から品川駅までの間無賃乗車をしたとの嫌疑があるので荏原署に電話するようにとの連絡を受け、原告が荏原署に電話し、右区間は定期乗車券によって乗車した旨述べたところ、池村某は無賃乗車の点に触れることなく、原告の受けた傷の状態について尋ね、原告が酒に酔って派出所に殴り込みをかけ、警察官に暴行を加えたので防衛のために殴打したものである旨弁明した上、無賃乗車の点については嫌疑が晴れたと述べて電話を切ったこと、同月一四日荏原署警務部の大橋某が原告方を訪問し、本件について事情を聴取し、供述録取書を作成したが、右供述録取書には、原告の供述内容と著しく異なり、原告の記憶が鮮明な部分について深酔いしていたため記憶がないと記載したり、原告が荏原署において吉賀巡査に投げ飛ばされたと供述したのにこれを記載しなかったり、ことさら事実を隠蔽するような内容を記載してあったため、原告がこれに抗議して訂正を求めたが、大橋は訂正する旨言明しながらも結局訂正しないまま原告方を辞去したこと、同じころ小林勝も警察官から事情を聴取されたが、小林の供述録取書にもやはり小林の供述内容を著しく改変し、ことさら事実を隠蔽するような内容が記載されてあったため、小林が訂正するよう求めたにもかかわらず、事情聴取にあたった警察官は言を左右にしてこれに応じなかったこと、さらに同月一九日荏原署署長が原告と勤務先の社長の二人を荏原署に呼び出し、原告らがこれに応じて出頭したところ同署首脳部が面会し、こもごも高萩、吉賀、佐藤各巡査の成績、勤務状態が良くいずれもすぐれた警察官であることを強調し、けがをした原告には気の毒だがこのような優秀な警察官が暴行をはたらくとは考えられないと暗に原告に泣き寝入りすることを示唆したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右の事実からすれば、警察側の本件に対する態度は、事実を隠蔽し、原告の口を封じて本件暴行事件を闇から闇に葬り去ってしまおうとするにあったことが明白であり、原告の本訴請求に対する被告の応訴は、警察側のこのような態度を受けてなされたものであることは明らかで、それ自体著しく不当なものというほかはない。もとより現実の不法行為を行なった前記三警察官と損害賠償義務者である被告とは別個の法主体であることはいうまでもないが、それだからといって両者を一体とみて被告の応訴の不当性を判断することが許されない訳ではなく、むしろそうする方が国家賠償法の立法趣旨に適するものというべきである。

しかして、前記三警察官の原告に対する暴行は、本来国民の生命身体財産の保護の任にある警察官が、善良な市民であり当時酩酊していてほとんど無抵抗な原告に対し、一方的に加えたものであってきわめて違法性が強度であることおよび右暴行の事実をことさらに隠蔽し事件を闇から闇に葬り去ろうとした警察側の立場を受けてした被告の応訴の不当性に鑑みると、被告は原告が支払った前記弁護士費用をも賠償する義務があるというべきである。

(四)  慰謝料 一五万円

前記三警察官が原告に対して加えた前記暴行が違法であって許すべからざるものであることは前に説示したとおりであり、善良な市民で自分達市民の生命、身体、財産の擁護者と信じて疑うことのなかった(このことは原告本人尋問の結果から明らかである)警察官から前記のようないわれのない暴行を受けて受傷した原告の精神的苦痛は受傷に伴う肉体的苦痛にもまして大きいと認められる。しかしながら、本件のよってきたるところを考えてみると、本件は原告が酔余のいたずらに前記二人の女店員の臀部にさわったことから端を発したものであり、もしこのことがなければ、感受性の強いうら若い二人の女店員が原告に対して嫌悪感、恐怖感を抱くこともなく、ひいては前記野村も原告に対して先入感を持つことなく接したであろうことが容易に想像され、そうすれば同人と原告らとの間に本件の場合のように無用のトラブルが発生することもなかったのではないかとも推測され、ことの発端において原告にもこのように社会生活上やや非難に値する点がなかったとはいえないばかりでなく、さらにまた、その後の経過においても、原告は本件当時かなり酩酊していて、理性的行動に欠けるところがあり、警察官らに対しことさらに同人らを刺激するような言動をなし、前記警察官による暴行行為は原告のこのような言動に触発された面があることは前記認定事実から明らかであり、もちろんそうだからといって右の事実が前記三警察官らの行為を正当化する程度のものでないことはいうまでもないが、原告の慰藉料額の算定に際してはこの点は大いに考慮に入れられるべきものである。

以上の諸事情に、本件訴訟にあらわれたすべての事情、ことに受傷の部位、程度、原告の社会的地位等を総合するときは原告の前記精神的苦痛は一五万円をもってこれを慰藉するに足るものと解するのが相当である。

四  以上説示のとおりであって、被告は原告に対し右損害合計額二二万五〇七五円およびこれに対する本件不法行為のなされた日である昭和四〇年一〇月五日から支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 魚住庸夫 裁判官森川憲明は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 安藤覚)

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